シーラカンス日記

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zoom RSS 「こころの格差社会」を読みました

<<   作成日時 : 2006/09/01 08:35   >>

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海原純子さんの「こころの格差社会
  ―ぬけがけと嫉妬の現代日本人」を読みました。
端的に言います。通常の「格差モノ」とは違います。
読んでよかった、と純粋に言える本でした。
自分は勝ち組だと思っている若い人たちも、
負け組だと思ってその無念に
砂をかむ思いをしている人も、一読をお奨めします。
「今後自分はどこを向いて生きていったらいいか」
がなんとなくわかる本になっています。

一番面白かったくだりが、
なぜ今の若い比較的優秀な人たちが
「自分は勝ち組だがその勝ちは努力で得たものだ。
 努力しなかった負け組の人たちの面倒まで
 なんで勝った自分が見なきゃならんか」
ってクチを揃えて言うのか、
その『理由』を書いている部分です。
今「勝ち」になっている人たちは
親の収入・知的レベル、学歴など
いわゆる「透明な上げ底」の中で暮らし、
その上げ底に押し上げられた状態での
『競争』に打ち勝った人たちであって、
いったん選ばれた人の中での『競争』を
通過儀礼として経てしまっている分、
「これは自分の努力の結果である」と
完全に「勘違い」しているのだ、というんですね。
しかも上げ底に押し上げられていない、
そもそも競争の土俵にも上がれない人々の無念を
その目でしっかり現実的に見てもいないので、
彼らの気持ち、その嫉妬やつらさ、社会的な不安感を
想像だにできない、って言うんです。
なるほどなあって思いました。
まさに周囲で見ているとおりです。

じゃ、若い勝ち組は、考え方をどう転換すべきか。
無念をかみしめている負け組は、
何を目指してどう生きるべきか。
そのヒント、というか、答えに近い部分まで
最後のほうに書いてあります。
ちょっと抽象的な部分もあり、
いわゆる「一生懸命」「モーレツ」な人ほど
その論理にはついていけない恐れもありますが、
この本をきっちり読み込めた人には多分
何らかのゴールが見えてくるはずです。

自分自身、現場から離れざるをえなくなり
今まで走り続けてきたところからいったん引いて
その分の哀しさは感じてきたんですが、
そこから不思議な心境の変化が起こりました。
その現象がまさにこの本の言わんとするところと
重なっていることに気づいて、
なんだかとてもカタルシスを感じた次第です。
これまでの生活のあれこれが
決して自分にも周囲にも無駄ではなかったのだ、と
初めて自信をもって言えます。

でも、自分を勝ち組だと思って
猛烈に「外的条件」を求めて走っている人(特に男性)には
「負け犬の遠吠え」にしか見えない本かもしれないなあ…
そういうモーレツな人って、老後はどうやって
自分とつきあって生きていくつもりなんだろう。

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コメント(19件)

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「これは自分の努力の結果である」というのはいかにも「いわゆる勝ち組」が言いそうなことなので、全ての「勝ち組」がそう思っているわけではないでしょうけど、ホリエモン世代の私としては確かに分かるような気はしますね。

特に学歴エリートの「いわゆる勝ち組」たちの得たものというのが、その努力と犠牲に比してあまりに少な過ぎるんですよ。「負け組」との間に、もっと容易に転落し得ないような圧倒的な差が付かない限り、そう簡単に「負け組」に対して優しい気持ちにはなれるもんではないだろうな、と思います。

「運」次第では自分も負け組に転落していたことを強く否定する人ほど、本当はそのことをよく分かっていてそれに強い恐れを抱いているからこそ「否認」しているのだと思いますね。
Uジロー
URL
2006/09/01 12:00
<今「勝ち」になっている人たちは親の収入・知的レベル、学歴などいわゆる「透明な上げ底」の中で暮らし、その上げ底に押し上げられた状態での『競争』に打ち勝った人たちであって、いったん選ばれた人の中での『競争』を通過儀礼として経てしまっている分、
「これは自分の努力の結果である」と完全に「勘違い」しているのだ、というんですね。>

<その(透明な)上げ底に押し上げられた状態での『競争』に打ち勝った>と<「これは自分の努力の結果である」と完全に「勘違い」しているのだ>の部分が私とは正反対ですけど、感じはよくわかります。

僕は両親とも昭和一桁ですが、ふたりとも4年制大学(公立)を出ているという家庭でしたから、いささかの「上げ底」はあったと思っています。

しかしです、私は「(透明な)上げ底にもかかわらず競争に負け続けている」んですね。(>_<)そして、それが自分の怠慢の結果であることも知っている。(笑)

「勘違い」していないのがせめてもの救いかなぁ。

いやはや。(苦笑)
asianimprov
2006/09/01 12:59
何を基準として、「勝ち組」と「負け組」を分けるのでしょうか?学歴、年収、社会的地位・・・・・・・
又、「勝ち組」は幸せで「負け組」は不幸なのでしょうか?「幸せの価値判断は、第三者が評価すべき事項ではなく、自分自身で評価すべき事項」という言葉があります。戦後の日本人は、自分さえ、自分の家庭さえ、自分の会社さえ、自分の国さえ・・・といった風潮が目立ちます。自分を抑え、思いやりのある社会が
出来ればと思う今日この頃です。生きている限り競争
は避けて通れませんが、思いやりがあれば潤いのある競争も可能かもしれません〜ね!本を読まずして所感を記載しました。多分、的外れなコメントと思いますが、ご容赦を!
ビッグ
2006/09/01 15:38
ちょっと前に、勝ち組の典型を官僚という地位に見ることができました。
受験戦争・就職戦線に勝ち進み、厳しい世界ながらも、それは民間のモノとは異なり、確固たる地位の保証・終身雇用・高額な退職金、退職後の保証付き、あまり世の中に対して頭を下げることのない仕事は、民間からすれば、まさに勝ち組。

しかし、今、盛んに言われている 勝ち・負けは、他人から示される、いろいろな色や形の枠をクリア出来るか否かを試されているような意地悪さを感じます。
セレブしてますか? 的な曖昧さが混乱のモトです。
かな
2006/09/01 17:00
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e-アフィリ
2006/09/01 19:41
勝ち組か〜
子供の頃からやりたい事も我慢して努力して勝ち取った・・・だから「何でもあり」というのは間違いだと思う・・・
でも中学生を持っている親としては家計に余裕があって私立中学に行かせる事が出来たらもっと上質な教育を受けられるのかな〜と、ふと思ってしまう。
公立中学の先生は頑張る気を失くしてしまった気がしてます。
横道でしたね〜(^_^;)
サンタママ
2006/09/01 22:13
未読ですが、イメージだけで勝手に語らせていただくと・・

以前、複数の友人を同じ事故で亡くしましたが、その時のご家族の反応は様々でした。「よりによって、なんであの子が犠牲にならなきゃいけないの」と泣き崩れる両親、「人の命は儚い。今まで息子でいてくれたことに感謝する」といって涙を流した両親。
それが私にとっての「心の格差」でしょうか。

人が今元気に生きていること、家があって食事があって家族がいること。それだけで奇跡的なことだなと、常日頃感じています。それ以上のことは人生のオプションです。

海原さんの心理分析、ちょっと興味が湧いたので読んでみようと思います。
aya
2006/09/02 04:04
僕はこの「負け組」「勝ち組」というコトバにこだわってしまうのですが、「勝ち組」「負け組」という、かつてブラジル日系移民社会で暴力的な抗争を引き起こした血塗られたコトバを、この21世紀に、金持ちは勝ち組で、フリーター&ニートは負け組だとかいうふうに簡単に使わないで欲しい。メディアが使えば誰も止められないでしょうが、ほんま、ブラジル移民の人たちに失礼だと思う。なお、少数でしたがハワイの日系人の中にも「勝ち組」がいたんです。

しかし、一方、これは、私たち日本人には非常にわかりやすい分け方だな、とも思うのです。

ブラジルではあれ、「勝ち組」「負け組」ということばは、紛れもなく、日本人から発せられ定着した日本語であり、外国から貼られたラベルではない。

だから辛いのです。

英語ではLoserという単語があるけど、「負け組」みたいに集団を意味しない。ルーザーは「敗者」であって「敗者の集団」ではない。

「勝ち組」「負け組」の「組」とは何なのか?

考える必要があると思います。
asianimprov
2006/09/02 17:47
一つだけ申し忘れていたことですが、著者・海原さんは「勝ち組負け組」という視点が不毛だということを誰よりも深く認識しているということです。
彼女はどうやら自分自身のクリニックを開いたのちに過労で倒れ、クリニックを閉じなければならないところまで追い詰められる経験をしたそうで、そういう意味でも「負けた」経験、その苦味を知っている人のようです。それが彼女の深みとなっていて、この本の救いを作り出していると思った次第です。

負けたと思う瞬間こそが別の人生の面を見る一つの転機となりうる、チャンスである、というのも彼女の主張の一つです。それは多分彼女自身の体験に負うのでしょう。ワタシ自身、もしも男に生まれて思う存分仕事をしていたら、今気づいているような人生のダイジな展開について、今も気づかず走り続けていただろうと思います。そう思うと、人生万事塞翁が馬、何がどう展開するかはわからないし、何が幸せの種であるか、何が自分を真に育ててくれる要素であるかは若造にはなかなかわからん、と思うのです。
シーラカンス
2006/09/02 21:55
昨日、本を買って読んでみました。心理学の分析の部分はさして面白くないんですが、実例の部分は「こういうことはあるやろなあ」と思わされました。「達成感」「自己実現」の説明もよくわかりました。足を知ることが出来ないのが人間の性(さが)なのか。

それにしても、「勝ち組」「負け組」というコトバが一人歩きをするのは恐ろしいですよね。

「負けるが勝ち」とまでは言いませんが、商売の世界には「損をするのも商売」というコトバがありまして、「利益がない取引も、それもまた商売だ」という意味です。そういう「境地」にはたどりつけそうにありませんが・・(T_T)
asianimprov
2006/09/04 09:19
>asianimprovさん
日本には多分、「勝ち組」「負け組」という言葉で人をくくる、人を斬るというのは、本来不毛で「下品」「はしたないこと」だ、っていう認識があったんじゃないかって思うんですよねえ、でも今の日本には、大人世代を含めてそれはない。外的条件だけを物差しにしてお互いを計り、内的な熟し方を見ないで羨ましがったりねたんだりする。内的な成長をもっとしたいものです。ワタシはとりあえず、「自分のためだけに生きる」ことをしないよう、「誰かのために自分の手を少しでも差し出す」ことで人生を充実させたいと思う次第です。…というのでは、答えになりませんかね??
シーラカンス
2006/09/05 22:38
あ、そうそう、地域の子どもたちからみて「なんか正体不明の、よく見掛ける不思議なバアサン」「どうもかなわんバアサン」に将来なれたらいいなーって思いますです。
シーラカンス
2006/09/05 22:40
ご推薦により、「こころの_」速読しました。若い人の「勝ち組、負け組み」論は話のとっかかりで、我々の世代に対する啓蒙の書、また鋭い現日本(文化)批判であると受け止めました。ご本人を某通信社主催の勉強会にお招きし、勉強したいと思います。著者は最後に「存在の耐えられない軽さ」が引き合いに出されていますが、そういう風にその映画を見ていなかった自己に気づきました。
辰馬
2006/09/06 03:29
<外的条件だけを物差しにしてお互いを計り、内的な熟し方を見ないで羨ましがったりねたんだりする。内的な成長をもっとしたいものです。>

外的なものを物差しにして競うのを「差異の拡大再生産」というのでしょうね。他人と同じでは嫌だが、大きく違うのも嫌だ、という精神構造が「個性」という妄想を育ててしまう。これは養老先生がいつも言ってることです。

内的なものさえ平準化される「水平のネット社会」を利用しながら、平準化を拒み、自分の生き方を充実させることができればいいのですが。

うわっ。結論を綺麗にまとめすぎだな、こりゃ。

こんなこと考える前に痛風を治せ!−>自分
asianimprov
2006/09/07 13:05
>辰馬さん
さっそくご本人と会われるんですか!!うらやましいですねえ。それこそが東京にいる一番のメリット、と言えるのではないでしょうか。それにしても日本文化論的なものを一人の女性医師が書いた、ということがなんとなく不思議で、そのあたりもご本人にぜひ聞いてみて下さいまし。精神的な治療を現代人に対して施しているうちに、日本社会の病弊に気づいた、っていうことなんでしょうかね。

>asianimprovさん
通風、早く治して下さいね。他人と違いすぎることもイヤ、でも他人とまったく同じなのもイヤ、というのは日本社会にいる者のジレンマかもしれないですね。でもその中でもやっぱり「自分」というものと対話を続けて、実りある人生にしたい。
「自分らしさ」を追求するものこそ負けである的なことを三浦展氏が自著で書いていましたが、それについて海原さん、非常に批判的に書いていらしたですね。
シーラカンス
2006/09/09 11:25
残念ながら、先生には振られました。大学がお忙しいとのことです。
辰馬
2006/09/24 23:35
おお、残念ですね。確かに相当忙しい方のようですね。でも会ってみたいですねええ
シーラカンス
2006/09/25 22:49
経済の格差です。東京学芸大学の山田昌弘教授によれば、ワーキングプアは、日本特有の問題でなく、格差問題も、小泉内閣成立以前に発生していたことから、規制緩和政策が犯人ではないとの見解を文芸春秋に寄せれているとか。一度読んで勉強しようかと。
辰馬
2006/09/26 14:32
はじめまして。
「こころの格差社会」の検索からこのサイトに来ました。

この本のメッセージは「勝ち組」、「負け組み」だけの問題だけではなく、世代間のギャップにも通じる点があるとも思います。よく考えれば今の上の世代って勝ち組なんですよね。
Sakura Plan
URL
2007/07/30 22:01

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