シーラカンス日記

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zoom RSS 「風立ちぬ」を見て

<<   作成日時 : 2013/09/20 21:43   >>

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「風立ちぬ」を次女(12)と見てきました。
なんというか、業の深い映画だなあ、
という印象を受けました。
宮崎駿は、牧歌的な画を描こうだなんて
これっぽっちも思っていなくて、
自分自身から見えているこの世を
堀越二郎という人物の視点を通して
語ろう、描こうとしている、ように思えました。


二郎が夢の中で会話している
イタリア人航空機設計家・カプローニ氏は
歴史上実在している人物らしいのですが、
二郎が夢で会う氏が本当に存在するかというと逆で、
どちらかというとあれは
二郎の考えだした世界じゃないか、
と思って観ていました。
多分、カストルプ氏、あれも
相当不思議な、夢の中の出来事のような…


要するにあれは、「ビューティフル・マインド」
みたいな世界の構造、意識構造になっていると思うのです。
(ここからはビューティフル・マインドを見てない人は
少々ネタバレになりますのでこのへんで止めてくださいね)


全ては二郎の夢ではないのかと。
白昼夢と現実社会を行ったり来たりする
ある天才の、若干狂気を孕んだ部分を
描いたものなんじゃないのかと、
そんな気がしています。



この映画は、
二郎から見た世界が全てです。
二郎の価値観しかない。
だから、二郎からみて善なるものは善で
二郎からみて興味のないものは
意味の無いものとして描かれる。


ものを追求する人の中には、
それを追求するという目的、その世界への惑溺が
人生のありとあらゆることに優先する、
というタイプの人がいる。
そう書いていた人がいました。
ものを追い続ける人は知らず知らずのうちに
多くの人の運命を巻き込みつつ
自分の欲求を満たす道へと突き進む、
それが、ものを追う者の業なのではないか、
という見方です。

こんなものを作ったら
人への配慮に欠けているんじゃないかとか、
神を冒涜することになるんじゃないかとか、
現実生活を脇に追いやることで
大勢を犠牲にしているんじゃないか、
なんてことは大して考えたことはなく、
自分がいかに残酷なことをしているか、
ということには目を向けない。
何かいつもエクスキューズが大きく立ちはだかっていて
ひりひりするような罪の意識からは
どこか遠いところにいる。
そういうタイプの人がいるのです。

で、二郎はそういう人です。
きれいなもの、飛行機のことしか
まったくアタマにない。
自分が戦闘機を作ることで歴史がどう動くかとか
庶民の生活がどう巻き込まれて行くかとか、
そうことには一切思い至らない。
自分が設計した戦闘機の構造や使途によって
亡くなって行く自国の兵士のことも、
増してや対戦する敵国の兵士のことも、
その空も下にいる多くの民のことも、
ぜんぜん、思い浮かんではいないのです。

とてもサラリと優秀で朴訥な人を描いているようで
こんな残酷な人を描いている映画もなく、
だからこそこの映画はすごいのかもしれない、
と、そう思います。

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