「新平等社会」山田昌弘・著
山田昌弘氏の本は好きです。
毎回、いろんなことを思いつつも読んでしまう。
新刊で出た「新平等社会~『希望格差』を超えて~」
早速読みました。
格差社会は小泉政権の
「改革」による結果だと言われがちですが、
山田氏によるとその原因は小泉政治にはなく、
世界全体で起きている
「ニューエコノミー化」の流れによるものであって
不可避なもの、だそうです。
それが正しいかどうかはさておき、
今回はいろいろと
「ミもフタもない議論」が書かれていて
(特に『男性』のライフコースに関して)、
最近「少子化」に興味を持っておられる
コイッチさんも読まれるとヒジョーに
面白いのではないでしょうか。
今度持っていきます。
マスコミでも行政でもなかなか出てこない
「男性の各層と少子化とのかかわり」
「未婚化は男性収入の不安定化から来ている」
「実は日本女性のかなりの層が
『専業主婦志向』である(男性が
生活費を稼ぐべきと思っている)」
などの話がそこには書かれています。
でもそれ、政府系の集まりとかで山田氏が言うと
周囲から「そんなこと言ってはいけません」って
とめられてしまうんだそうです。ふーん。
それにしてもフェミニズム反フェミニズム、
双方が論点としていた「女性の社会進出」なーんてもんは
少子化とはほとんどカンケーないらしい、
ということがわかって、面白いなーと思いました。
前回の「希望格差社会」では
現状をいろいろと指摘はしているものの
「じゃ、どーすりゃいいわけ?」というのが少なくて、
そこがちょっとなあ、という感じだったんですが、
今回は前回よりも硬い内容ながらも
「処方箋」的なものを山田氏なりに
必死で考えて述べている感じがします。
それにしても、こういう処方箋、
方向性は多分間違っていないと思うし、
社会全体の治安維持とか
幸福感のベースアップを考えると
すぐにでも取り掛かるべきじゃないかって
思うんですけど。
少子化がどうとかじゃなくて。
それとも、もう間に合わないのかなー。
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新平等社会―「希望格差」を超えて
毎回、いろんなことを思いつつも読んでしまう。
新刊で出た「新平等社会~『希望格差』を超えて~」
早速読みました。
格差社会は小泉政権の
「改革」による結果だと言われがちですが、
山田氏によるとその原因は小泉政治にはなく、
世界全体で起きている
「ニューエコノミー化」の流れによるものであって
不可避なもの、だそうです。
それが正しいかどうかはさておき、
今回はいろいろと
「ミもフタもない議論」が書かれていて
(特に『男性』のライフコースに関して)、
最近「少子化」に興味を持っておられる
コイッチさんも読まれるとヒジョーに
面白いのではないでしょうか。
今度持っていきます。
マスコミでも行政でもなかなか出てこない
「男性の各層と少子化とのかかわり」
「未婚化は男性収入の不安定化から来ている」
「実は日本女性のかなりの層が
『専業主婦志向』である(男性が
生活費を稼ぐべきと思っている)」
などの話がそこには書かれています。
でもそれ、政府系の集まりとかで山田氏が言うと
周囲から「そんなこと言ってはいけません」って
とめられてしまうんだそうです。ふーん。
それにしてもフェミニズム反フェミニズム、
双方が論点としていた「女性の社会進出」なーんてもんは
少子化とはほとんどカンケーないらしい、
ということがわかって、面白いなーと思いました。
前回の「希望格差社会」では
現状をいろいろと指摘はしているものの
「じゃ、どーすりゃいいわけ?」というのが少なくて、
そこがちょっとなあ、という感じだったんですが、
今回は前回よりも硬い内容ながらも
「処方箋」的なものを山田氏なりに
必死で考えて述べている感じがします。
それにしても、こういう処方箋、
方向性は多分間違っていないと思うし、
社会全体の治安維持とか
幸福感のベースアップを考えると
すぐにでも取り掛かるべきじゃないかって
思うんですけど。
少子化がどうとかじゃなくて。
それとも、もう間に合わないのかなー。
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この記事へのコメント
フェミニズムとフェミニストを伝統的価値感から罵倒するヘタレ右翼もアホ。個人<家族<社会<国家という幻想を振り回しているだけだしね。小林某のマンガみたいなもんです。主観的感情的に高揚するだけで、なんの客観的問題も解決できない。
あ、本筋から逸れてますね。失礼!
民主党も自民党も根は一緒やと思います。
偽メールはこの「偽社会」にふさわしい茶番でした。
ゴシップには興味ありません。
週刊文春に書いてあったように、小泉も阿倍も「子どもっぽい」ですね。子どもっぽい人がリーダーになっちゃいけない。なのに、小泉の支持率は落ちず、小泉が推薦した阿倍がたいした議論もなしになし崩し的に首相になってしまった。
いつか大きな悔いになると思います。
どこが「厭世的」なのか教えて下さい。
まだ読んでません。読んでみます。
「男性の各層と少子化とのかかわり」
「未婚化は男性収入の不安定化から来ている」
「実は日本女性のかなりの層が
『専業主婦志向』である(男性が
生活費を稼ぐべきと思っている)」
このあたりは実感としてふむふむと思います。
ただ戦前などの『専業主婦志向』ではないのでしょうね。
『なーんにもせん業主婦』が理想なんじゃないのかなあ。
女性ばかりを責めるのではなく、
男性もあわよくば『創業者利益で若隠居して趣味に暮らす』なんてのに近いのが
本音では理想だったりするんじゃないのかなあ。
世間じゃそんなに上手くいかないんだけど。
裕福な老人の方々が、与えられたり獲得した富を、社会に還元するという思想があまり感じられないのです。生活保護を受けて、困窮している老人がいて、方や、ひとり250万円以上する世界一周の豪華クルーズ旅行が飛ぶように売れている現実…別に自分のお金だから、何をどうしようと勝手だわ!と言ってしまえばそれまでなのですけど、それだけのお金、もっと世の中に還元するという発想はないのかしら…と思ったりします。
社会というものをどう捉えるかという時、自分と、他者という感覚がなんだか希薄で、社会の中で、自分は1つの要素という考えではなく、あくまで自分だけが主役というか…受けるばかりで、与える事をしない…ということが多いのではないでしょうか。
女性の社会進出についても、お子様はその間、保育園に!ということですけど、仕事の二の次にされる弱い子どもの視点という事に着目せずに、ただ保育園増やせばよいう考えに疑問を感じます。
たとえば、生活保護を受け困窮の中にある老夫婦があるかと思えば、方や一人250万以上する世界一周豪華クルーズが飛ぶように売れている現実… そのお金を恵まれない人に還元すればよっぽどいいのに…と単純に思うのです。
社会というのをどう認識するか…というのを、自分が社会の1要素で、構成員であるという意識が育っていないため、富を循環させる… 助け合う…というのがなんだか希薄のような気がします。
稚拙かもしれませんが、格差はあって当たり前と思うのですね。一人一人異なって当たり前なのですから。
ただ、自分が得た富(金銭、時間、才能)は、自分ひとりの力で得られたものでは無いので、社会に還元するすることで、相互に補い合う社会になれればと思うのですけどね。
同じ様なのを重複して送ってしまいました。
<つまらないとなるとそれじゃ、お前なんか目新しいこと言っみい、ということになります。>
私は「目新しいこと」が言えるほどの見識を持つ者でもないです。ただ、オカシイと感じたことはオカシイと書いていきたい。それだけです。目新しいことが聞けるかも、と期待してくださった辰馬さんには、感謝しますと同時に、お応えできないことを申し訳なく思います。「厭世的」というのは「世の中を嫌なものと思うこと」と広辞苑にありましたが、私はそうではありません。嫌なことが多いけど、楽しいこともありますし。「目新しいこと」を書いているか否かは自分ではわかりかねますが、ブログをやっていますので、そこでの私の文章を読んでいただければと思います。シーラさんのブログではあくまで「コメントをつける側」ですが、自分のブログでは「話題を提供する側」ですので、シーラさんのブログでは見られない私の別の面(そんなええもんか!(笑))があるかもしれません。なお、私はマスコミとは関係もない仕事(敢えて分類すれば「製造業」)をしておりますので、誤解のないようにお願いします。