誰のために健康になりたいか

誰のために健康になりたいですか?という問いを、
リーブ21が行い、それに対する
2000人あまりの人々の答えが出ました。
年代はまあ、10代から60代以上にわたっていて
一番多いのは30代、という形になっています。
んで…あなたは誰のために健康になりたいですか?

<男性の場合>
自分のために…37.4
妻のために…18.8
子どものために…17.3
親のために…2.9
恋人のために…5.1


そうなんだ!目からウロコ。
妻のことを思って自分の健康に留意する。
それが2割近い男性の意識なんですね…
さてさて問題は、次です。
あなたは誰のために、健康になりたいですか?

<女性の場合>
自分のために…48.2
子どものために…28.3
親のために…7.7
恋人のために…4.9
夫のために…2.7





う~~~~~~ん
女性の場合、「自分のために」がほぼ半分。
次に3割弱、「子どものために」。
で、…あとはもう…ううう多くは語るまい。

まあ実際自分自身、健康でいたいですが、
その一番大きな理由はやっぱり
「自分の健康が損なわれると家が
 ニッチもサッチもいかなくなるから」
ですね…。
自分の健康がピンチ!という
シチュエーションを想像する際に浮かぶ顔は
やっぱりどうやっても「コドモたち」のほうで、
亭主というのは心配する相手というよりは
どっちかっていうと「同志」とか
「同じ目的を共有する同僚」って感覚です。
要は「コドモだけでも大変なので、
 そっちはそっちで頑張ってちょーだい」みたいな。
「そっちも精一杯オールを漕いでよね」
みたいなカンジ。

男性は違うのかな?
自分がいないと妻はもたない、
って思っているんだろうか。
それも愛の表れなんですかね。
あるいはここには経済的な理由があって、
男性の場合「自分が健康でいないと
配偶者の生存や生活を脅かすことになる」という
「大黒柱」としての意識が働くんでしょうかね。
女性の場合は「自分が健康でなくても
 相手の生存・生活が傾くことはない」
という無意識の感覚でもあるのかなあ。

なんでこういう結果になったんだと思いますぅ?

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この記事へのコメント

辰馬
2008年06月05日 22:19
男性で多いのは「大黒柱意識」では荷でしょうか、自分が倒れたら、一家が立ち行かなくなるという。女性の場合は、マズ、子育てに支障をきたすという恐れを思うからでしょう。両方ともに、充分理解できますが。
2008年06月05日 22:54
ふおふお
上記の辰馬さんと同じです。
男性の「大黒柱意識」は、もちろん精神的な部分と経済的部分両面ですが、特に収入を支えている割合が大きいことは、家庭生活、特に子育てにはあまりに重要です。
で、『家庭』を考えた場合、やはり、男性は妻を中心に考えるでしょう。
女は、子供がおれば、やはり、まず子供でしょうね。
なんせ、男は外で稼ぐって感覚ですからね。

でね、誰のために健康になりたいか、という問いについては、やはり基本的に自分の健康は自分のものですし、自分がなければ無なわけですから、『自分』でいいと思いますが
では、誰の健康が一番大切・心配ですか?
という同じようでありながらチトニュアンスが違う問いだと、どう返答されるのか なぁー。ナンテ

tatsuma
2008年06月05日 23:13
カラスサン、鋭いです。自己の健康は誰のために、という設問と誰の健康が一番気がかりかという設問はコインの裏表のようにに見えながら、実は微妙な家族関係を照射するものではないかと思います。それはさておき、ようやく家族を形成した若者の家庭の主の「大黒柱意識」には大変な今日的なリアリティーを感じ取ります。
シーラカンス
2008年06月09日 23:03
>辰馬さん、カラスさん
なるほど、そこにあるのはやっぱり大黒柱感覚なんですね…特に、男性が1人で経済的に支えている家庭になればなるほど、その大黒柱の健康状態こそが家庭を守る一つの拠り所になるんでしょうねえ。

誰の健康が一番心配か?って、ワタシ自身はやっぱし子どもの健康だったりするんですが、でもオットが1人で一家の収入を支えていたとしたらやっぱりオットの健康こそが家族の幸福のベースを支える、っていう意識になるかもしれないなと思います。
tatsuuma
2008年06月16日 00:10
既に死んでしまった人に質問をしたら、多分、皆、まず自分のために健康で居たかった、というのではないかと思います。と言うのは、いつも行くゴルフの練習場へ今日行った時、、親戚の外科医が亡くなるすこし前にその練習場で言葉を交わしたのを思い出したから。

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