「手毬」

70代の僧侶と30代の尼僧の穏やかな交流。
そこに、佐吉という「生身の男」が絡むことで、
男女の話としてのリアリティが増す…という印象です。

良寛と貞心。
実在の師匠と弟子で
出家した二人ではありますが、これは
瀬戸内寂聴さんの描く「男女の物語」です。
70代と30代の僧侶と尼僧の間に
介在したエロス、だなんて、
自分が10代20 代の頃にはまったく
想像すらつかない、できない世界でしたです。
ただし破戒の罪を二人が背負うことはありません。

貞心は30歳になったばかり。
出家したとはいえまだ若い身空だし、
世を捨てるには余りに早い、不憫だ…
というのが周囲の視線です。
「還俗できるならしなさいよ」とまで。
貞心は反撥しますが、その彼女に
生身のオトコとして初めて認識される男性が、
行商人の佐吉です。
この佐吉が背負う事情が、
物語に一種の苦味を加えます。
彼がいたからこそ貞心さんは「女」であれた。
じゃなかったらこの話、ただの訓話になっちゃうよ。

冒頭かなりゆったり、
じりじりするような話の進み具合で
「史実としてドラマ性が薄いのかなー。
 もしや著者は書くことなくて苦しんだのか」
なんて思ったりもしたのですが
(すいません根がせっかちなもんで)、
後半部分、主人公たちの状況は少しずつ
凄みを増した場面へと移ってゆきます。
言葉によるやりとり、肌のわずかなふれあい、
目と目のやりとりにもエロスは存在していて、
いくつになっても人間はそこで救われもすれば
溺れもするものなんでしょうか。
介護の場面ですら何かこう、一種のエロスによる
「救いのある場」として描かれているのです。
介護や看病というものを
こんな観点で見たことがありませんでした。

とてもゆるやかで静かな世界ですが、
こういう愛もあるのだなと思ったのです。
師弟愛だか男女愛だかはわかりませんが。
結局男女となる「センセイの鞄」よりも、
この話のほうが、中高年男女の感情としては、
かなり自然で理解しやすい感じもして…

まあ、欧米人から見ると
信じられない淡白さ、
よくわからない雅さかもしれませんけどね~^^;


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この記事へのコメント

tatsuuma
2009年02月19日 00:21
shi-rasamaからこのような内容のものが届くとは、驚きです。しかし、共感することばかりです。著者は出家する以前、相当激しかったと間接的に聞きました。モラルとか不倫とか言って世間は糾弾しますが、そうした「不品行」のなかにこそ人生のというか人間としての「滋養」があるのだ、と言い切った同期には頭が上がりません。体力の大小にかかわらず、情念の勢いが現に存在するのが人間という動物なのではないか、と思う今日この頃です。寂聴さんが世阿弥を書いた小説も、面白かったことでした。
けいしゃ
2009年02月20日 00:05
『女徳』を筆頭に、瀬戸内晴美さんは好きな作家でした。
『性』が未だ未だ社会的に非寛容な時代であった40~50年ほど前の頃、“好きな作家だ”なんて言うと、笑われたものですが、
彼女の作品には、其処らのポルノチックな小説には無い或る種の哲学が有りました。

私が小学生の時にあった「徳島ラジオ商殺し」に関する彼女の言動が、瀬戸内晴美を好きになった大要でしょうか。
シーラカンス
2009年02月22日 22:29
>辰馬さん
不品行を世間的な基準だけで「不品行である」と断ずることは、著名な人であれ友人であれ、できないなと思っています。そこに本人の真実があるならば…。感情って「こうしなければならない」という理屈を超えたものだと思うので。恋愛も、予防できるなら予防したい、身を衝き動かしてしまう一種の「事故」みたいな感じもするのです。

で、寂聴さんはその、「身を衝き動かす感情」が世間一般よりとても強いひとじゃなかろうかと思うのです。そういう人であればこそ作家にもなったのだと思いますし出家も余儀なくされたのでは…世阿弥の本、タイトルを教えていただけないでしょうか?

>けいしゃさん
瀬戸内晴美さんのを読むと自分の煩悩を痛いほど指摘されそうで、なんとなく「怖い」印象もあったのです。気分良く読んで次の日あっさり日常に戻れるような本ばかりじゃなさそうだなぁなんて思いまして…。でも興味が深いので、いくつか「積ん読」しているところです。また読んだら感想文、書きます。
tatsuuma
2009年02月23日 03:34
[秘歌(世阿弥)」一番新しい本です。予防できたら、予防したい、というのは、なんともリアルです。
「手まり」実はまだ読んでいません。読んでまた感想文を送ります。
tatsuma
2009年02月23日 07:52
訂正。秘花であったかも、秘すれば花なり。
tastuuma
2009年02月27日 09:04
寂聴さんんから、はなれますが、大変に実力者のよしもとばななさんが、評価していた立原正秋の「残りの雪」を読んでいますが、なかなかです。かって会社同期が薦めてくれて読んだことがあるはずなんですが、年を取ってわかることが増えたのでしょうか、名作であります。寂聴さんとはまた違う世界が。
tatsuuma
2009年03月08日 06:48
読まずにいた「先生のカバン」一気に読了しました。リアルですねえ。男女の関係になるのは最後のつけたしのようでプロセスのリアルさがすごいと思いました。最近の著者の短編にはない迫力と充実がすごいと感じました。花見でであう同級生との交際が、先生との関係を引き立たせていると感じました。同級生とのやり取りの中で先生に向かう女性の性愛がリアルであります。よしもとばななとどう違うのでしょうか?
シーラカンス
2009年03月09日 21:37
『センセイの鞄』は、出家とか仏教の世界観というものがそこに入り込まないために、逆にすごくリアリティのある話になっていますね。一種、生臭ささえ感じるほどの…そこが、読んでいて身につまされる部分でもあります。女性からみたリアリティある恋愛の話、という感じがします。でも、手毬のほうは精神的なつながりを描いている分、逆にとても昇華されているような気がするのです。よしもとばななのほうは…読んでみます今度。
tatsuuma
2009年03月15日 18:26
手毬、読み始めました。先生の鞄は、徐々に女性の思いは深まっていくように、微妙な感じで推移していくさまがなんともリアルで作者の手の内にあります。一方、手毬の方が初めから女性の良寛さんに対する崇拝感情が顕わで、先が楽しみと引っ張っていくのです。先が楽しみです。

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