シーラカンス日記

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zoom RSS 自分の、仕事を終える日

<<   作成日時 : 2008/12/04 20:53   >>

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最近たくさんの方々の
ご卒業(定年)を迎える姿を拝見しています。
知らないうちにひっそりと去っていく人、
最後の最後に大勢の宴会を催して
盛大に楽しく別れを告げていく人、
ほんとにそれぞれの定年の迎え方があって、
感慨深い印象があります。
また、ゆっくりしたい思いもあるのに
結局もう一度引っ張り出されて
忙しい日々に突入される方の姿も
尊敬させられます。

そこでつい気になってくるのが
自分自身の仕事人生のエンディングです。
結局のところどういう「最後の一日」を迎えるのか…。
40を過ぎたあたりから、結構気になってきました。

思えばカイシャに入ったときは
10年とりあえず勤めよう、
それを何よりの目標にしようと思ってきました。
当時は女性採用が始まって間のない頃で、
自分が定年まで会社にいられるかもなんて夢物語、
自分自身でも全く考えていなかったです。
でも気づけばまもなく勤続20年。
42歳になります。

ひょっとしたら、運がよければ…
最後までいられるかもしれない。
そんなことホント夢にも思いませんでした。
どんな風に去ることになるんだろう。
っていうか、どの場所にいて何してるんだろう。
その頃、自分に居場所、あるのかなあ…

ま、わかりませんけどね。
会社もどうなるかもわからないわけですし。
っていうか、抜け殻になっちゃったらどーーしよーーーー
子どもに貼り付く濡れ落ち葉になっちゃったりしてーーー

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コメント(4件)

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シーラさま、経験者は語ります。かねてより、定年の準備を心身ともに整えてきたつもりでしたが、なってみると大違い、その時になってみないとわからないことがある、ということがよくわかりました。だから、しーらサン、大事なのは今飛んできたボールをしっかり打つ事ではないか、と思います。居場所がなくなったから、他に求めればよい、ぐらいな大様な気持ちで日々対処されますよう希望します。
tatsuuma
2008/12/04 23:55
>辰馬さん
そのときになってみておわかりになったことって例えばどんなことなのでしょう?奥様とのやりとりとかにも何か変化はおありでしょうか。

今来たボールをしっかり打つ、っていうのはすごくいい言葉だなと思って噛みしめております。結構さまざまなタイプの球種が飛んできているような気がしますので、しっかり打とうと思います…
シーラカンス
2008/12/11 08:03
転職の経験もなく、比較的、というより相当恵まれた環境の中で、かなり特殊な視線をもてる職場にいた僥倖を、その立場でなくなってからわかる、というようなことです。結構,荒波を経験したつもりではありますが、大きな壁の中で守られていたのではないかなあ、と。果たして、その壁のなかから出て、自由に羽ばたけるか?どうでしょうか、そんな今日この頃です。
tatsuuma
2008/12/17 05:57
奥さんは、いろいろ、介護の会とか毎日忙しく出勤するひとで、ボヤーとしていると、私が一日家で主婦みたいになりかねません。「働け!」とお尻を叩かれている今日この頃であります。厳しい現実です。
たつうま
2008/12/17 06:00

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