「親」であり続けること

ちょっと前に、ある仕事でさいたま市の
ジョン・レノン・ミュージアム」というところに行きました。
かなり閑散としていたんですが
印象的な展示がいっぱいで、
非常にいいミュージアムでした。オススメです。
展示によるとジョンのお母さんはある男性のもとに走り、
小さな息子を置いて去って行った人だそうです。
だから、彼には「マザー」って何度も繰り返す
ああいう哀しい歌があるんですね…。
もちろんお母さんにはお母さんなりの
どうしようもない事情があったのかもしれません。

でも、展示の中には、
痛いほど母親を求めているある男性の
叫びみたいなものが満ちているように思えました。
なんか、ホントに「痛い」感じ…。
ビートルズに詳しいわけでもなんでもない私が
語るのもヘンかもしれませんが、
そういう展示を見ていたら、
曲がりなりにも母親になったものの一人として
「あー、ガンバって『母親』であり続けないと
 いけないんだなあ…」
なんていう感情を抱きました。
親が子どもを求めているよりずっと強く
子どもは親を求めている、
っていう気がしたんです。

子どもは実のところ、親にそう多くのことを
求めているわけじゃないのかもしれません。
愛情と抱擁と布団と食事と、普通の教育。
当たり前の生活。
縁あって私の子どもになった魂たちに
そういうものをきちんと与えられるように、
きょうも家に急いで帰るんですね。

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この記事へのコメント

ビック
2007年05月09日 09:31
縁あって自分の子になった子供達に色々なファクター
を与えることは勿論必要ですが、シーラさんとご主人
のご両親にも尊崇の念と愛をもって接することも必要
です!子供達は親の言動を確りと見ていますし、聞いています。戦後、核家族化が進み、この言動に接することが少なくなった子供達が今の日本と未来の日本を作ります。子供は親の言動と背中を見て育ちます故、これこそが教育の源であり、美しい日本を作る為に必要と感じている今日この頃です。
*シーラさんのことは心配していません~よ(笑い) あくまでも一般論です。
*ジョンレノンミュージアム、なかなかです~ね!
 ジョンが着た服がありましたが、ジョンは思った
 以上に小柄ですね?
2007年05月09日 13:41
母親である前に「女」になっちゃう人もいますもんね。子供を産んだら自動的に母になるわけじゃないんだな~と今問題の「赤ちゃんポスト」の話題を見てもそう思います。
2007年05月09日 18:26
ヨーコ・オノはジョンの母親代わりでした。
「イマジン」というドキュメンタリー映画を昔見ましたが、ジョンにとってヨーコ・オノはマリア様だったのでは・・と思いました。
2007年05月09日 22:10
>ビックさん
この文章、そろそろ母の日だなあ…って思っていて浮かんだ話なのです。大人になってみて改めて思う親の恩、ってありますね…。
ジョン・レノン・ミュージアム、よかったですか?あそこで思わずいろいろTシャツやらピンバッジやら大量購入してしまいましたですよ^^;シゴトだっつのに。
2007年05月09日 22:13
>サンタママさん
そうですねえ、母親である前に「個人の欲求」を追求してしまう場合も多々ありますよねえ。そういう人生を選んだ人を責めることは到底できませんが、しかしその後に子どもが残る場合は、本当にその選択は重いものがあります。「母性」は「本能」なんかじゃない。それをきちんと認識して対処しないと、“教育再生”どころの騒ぎじゃないよな、って思いますね。
2007年05月09日 22:15
>asianimprovさん
ホント、仰るとおりですね。展示を見ていて、「あー、ヨーコは要するにジョンの『お母さん役』だったのかなあ。だからジョンはここまでヨーコと一緒に居たがったのかなあ」ということを改めて認識しました。なんにしても哀しい、哀しすぎますね。
KISHIKO
2007年05月10日 09:38
でも、そのヨーコさんも、前夫との間に生まれた「京子ちゃん」と未だに生き別れになったまま。

ヨーコさんも又、ジョンの中に「京子ちゃん」を見出していたのかもしれません。…Don,t worry kyoko

二人に共通する「喪失感」でもって、互いに傷を舐めあう関係でもあったのかもしれませんね。
2007年05月13日 20:16
>KISHIKOさん
ヨーコさんにも哀しい過去があったんですね…生き別れの娘さんですか。庇護したかった相手の存在していた女性と、庇護されたかった過去を持つ男性とのカップル。なんだか、ほっとするというよりも、人の家族観念とか関係性について哀しさのほうを感じてしまいます。

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